キオス

尻労、という地がある。

尻労漁港(「みちと標識の写真館」より)

いまで言えば、青森県下北郡東通村尻労に当たる。
この尻労を舞台にした映画「忘れられた土地」が撮影されたのは、1958年のことだ。

「忘れられた土地」(野田真吉「ある映画作家」より)

監督の野田真吉は「現在、私の撮影した下北半島北端の村々は高度近代化社会の吐き出す、まるでゴミ捨て場と化しつつある。自衛隊の実弾射撃場、巨大な石油備蓄基地になり、原発の核燃料廃棄物の処理、再生工場、原子力船の碇泊港などの計画が着々と建設に移されつつある。」(「ある映画作家」野田真吉)」と書いた。言うまでもなく「その後」を我々は知っている。

愛媛県八幡浜市出身の野田真吉は、早稲田大学時代、予てより私淑していた中原中也に高橋新吉の口添えで紹介を受け師事することで詩作の道に踏み込み、後に長谷川龍生・黒田喜夫らの「現代詩の会」に参加し、黒田喜夫と同じく日本共産党にも入党している。1955年に撮影された「この雪の下に」(エジンバラ国際映画祭’56招待作品に選出)の舞台が、山形県村山地方つまり黒田喜夫の育った地であることも、「現代詩の会」での出会いと無関係ではあるまい。

「この雪の下に」(野田真吉「ある映画作家」より)

その野田真吉が、「忘れられた土地」の映画音楽作曲を依頼し、後に黒田喜夫の詩論集「不安と遊撃」を手渡して、結果として深い影響を与えた男がいる。
作曲家間宮芳生である。

間宮芳生は、北海道旭川出身だが、思春期を青森市で過ごしている。野田真吉に渡された「不安と遊撃」が契機となり、黒田喜夫の思想と詩に傾注していく間宮は、後に黒田喜夫への挽歌として(少なくとも)二作品を作曲することになる。

間宮芳生「尺八とチェロのためのキオ」

そのひとつ「尺八とチェロのためのキオ」(1988)は、坂田誠山の委嘱とヨー・ヨー・マへの「約束」から作曲されたものだが、作品解説には黒田喜夫「不歸郷」からの一文が引用されている。相当に黒田思想に共鳴したと思われる間宮は、黒田の「餓鬼図上演」「原点破壊」「空想のゲリラ」「毒虫飼育」などに惹かれ、かつ「癒えることのなかった精神の飢餓感(間宮芳生)」や「きしみ」「あえぎ」などを、自分の音楽・作曲思想のうちに受肉させていったようだ。黒田の「原点破壊」の影響下で書かれた作品が「弦楽四重奏曲第一番」(1963)である。

間宮芳生「現代音楽の冒険」(岩波新書)

その後間宮は、黒田喜夫の詩による声のパートの作曲(様式)を考えていく中で、シェーンベルク「ワルシャワの生き残り」(1947)に辿り着く。詳細には触れないが、この作品では、シェーンベルク自身による、絶滅収容所における或る日の出来事を生き残った一人のユダヤ人が証言するという形のテクストが用いられている。さらに間宮は、ポーランドの作曲家クシシュトフ・ペンデレツキとヴィトルト・ルトスワフスキの仕事に注目して自らの語法を深化させていくようになる。黒田喜夫の詩・詩論と音楽におけるその転移を思考する中で、独立喪失後に民族運動の拠点ともなったポーランドの作曲家の語法に辿り着いたことも、偶然ではあるまい。

ワルシャワ・ゲットーからの葉書(The H.E.A.R.T Collection)

野田真吉・間宮芳生「忘れられた土地」が製作される1年前に、尻労から陸奥湾側に斗南の脊梁=下北丘陵を越えたところにある隣町=上北郡横浜町出身の画家が、大学を卒業し「新表現主義」創立に参加している。
豊島弘尚である。

豊島弘尚(「デーリー東北」紙より)

豊島弘尚についても、今更多くを説明する必要はあるまい。

一貫して「北(の光)」を主題とし、かつ「思想なき絵画は芸術ではない」といった姿勢=生様と、補色関係の多用という印象が強いが、勿論これは妄想子の安易な表層的な印象に過ぎない。然しながら、その熾烈とも云える思考は安東水軍の末裔という出自が為せるものなのか。

豊島弘尚「顕現(春・萌の海)」(「はちのへ医師会の動き」No.454より)

「撃」「潜」「天と地の往復書簡」といった独特の強度を伴なう作品群を産み出した豊島弘尚は、青森には「今なお縄文のエネルギーが渦巻」いているとも語っているが、まさに「日本中央」の東北町は、豊島の出身地横浜町とほぼ同経度にあって横浜町と八戸市との中間に位置しており、野田真吉「忘れられた土地」の尻労(記録は残されていなく推測とされるが)共々、菅江真澄の探訪経路に面している。

秋元松代「菅江真澄 常民の発見」より

豊島弘尚が「手ほどき」を受けたとされる書家・造形家の宇山博明についての情報、特にその思想に関する資料は決して多くはない(宮沢賢治の詩の書と大英博物館所蔵の凧絵の情報ばかりだ)と思われるが、豊島弘尚も招待作家たる今回のICANOF「KwiGua展」の前週=9/12まで、コレクション展Ⅱ「宇山博明展~わたしが風さ~」がKwiGua展会場=八戸市美術館で開催されており、宇山博明ー豊島弘尚を考える好機になろう。つまり、在八戸ではないマニアの滞在期間は長くならざるを得ないということだ。

因みに、ユニオン石立鉄男ドラマ「雑居時代」「パパと呼ばないで」「水もれ甲介」のオープニングアニメを担当した「豊島弘尚」氏と同一人物かどうかは、未だ妄想子にも確認できていない(恐らく同一人物と思われる)。また蛇足乍ら、夫人は東京出身の画家「豊島和子」だが、豊島弘尚の実姉の舞踊家も「豊島和子」である。

舞踊家豊島和子と言えば、日本のモダンダンスの父(といった呼称の意味はともかく)と称されるノイエタンツの「輸入」者=江口隆哉・宮操子の弟子であるが、江口隆哉は豊島弘尚出生の横浜町と東北町の中間に位置する上北郡野辺地町出身であり、安易に踏み込むことは控えるにしても、やはり地理的因縁(への妄想)を覚える。

PICAIA/豊島和子(2006.09.18「パンタナル」公演より。℗フォトセンター惣門)

尻労、という地があった。

古い漁村ということから、例えば「烏賊の腑」を剔り採るような座作業を強いられた「尻」を「労う」という意味もあるのでは?と考えるのは、モレキュラーマニアならぬ単なる幸せな夢想者である。

この「尻労」(青森県下北郡東通村尻労)を考えるには、「静狩」(北海道山越郡長万部静狩)をも考えなければならない。
山田秀三「東北と北海道のアイヌ語地名考」によれば、尻労も静狩も何れもシッ・トゥカリ=Sit-tukari=Sir-tukari=「山の手前」とアイヌ語に於いて解釈することができ、かつ山の近くに類似の地名があれば常に何処でも同じ解釈が許されることになるのではなく、尻労・静狩のように長い砂浜の続いた終点に山が聳えている地形とこの地名とが結びついていることを現地調査で確認した、とのことだ。

山田秀三「東北と北海道のアイヌ語地名考」(「アイヌ民族文化研究センターだより NO.28」より)

アイヌ語には、シレトク=Sir-etok=「大地の行き詰まり」という言葉もある。言うまでもなく、知床を指す。

知床半島西側の付根にある斜里から少し行くと峰浜という地名があり、ここにはシマトカリ川が流れている。シマトカリ=シュマトゥカリペツ=Suma-tukari-pet=「岩の手前の川」=「朱円」(斜里の旧呼称)であり、尻労や静狩と同様に、「交通」「網」が「遮断」されている手前=キワの状況を指す。開催1ヶ月前に「KwiGua展」を妄想する者にとっては、相当に示唆的なことではあるまいか。

黒田喜夫「神謡・生きられた詩的母胎の画像」(現代詩手帖1982年9月号「特集:非言語の解読」より)

更に黒田喜夫には、アイヌ語と琉球/沖縄語との対比を含む「神謡・生きられた詩的母胎」というテクストがあり、この辺りから愈々KwiGua展のもう一人の招待作家=吉増剛造にも幽き妄想線が引かれ始めるところだが、その愚行は回を分けることにする。つまり、この妄想稿の「続き」には、「皿沼から天沼」そして「安部遺跡=尻労洞窟」への妄想線も含む、ということだ。

安部遺跡=尻労洞窟(「下北半島の遺産」より)

黒田の「アジア的身体の両義性への眼と痛みある共感」「両義性を両義性のまま背負うことの戦闘性のみならず、身体である故に自らの身体を視得ないものーーその身体自身が、自ら視開き得るところへの方途の困難さへの目差しをはなさない」(黒田喜夫「人はなぜ詩に囚われるか」より)に指先が届くのは何時の日になることか・・・

鵜飼哲「応答する力」(青土社)

鵜飼哲「応答する力」を再読し、嘔吐せずにいや嘔吐を厭わずに応答するべく、妄想力に限界まで拍車を掛けて駆動する必要がある。隻手音声。

3 Responses to “キオス”

  1. 幽霊の薄闇 « scorpiomaniacs Says:

    […] 先にモレマニで触れた豊島和子に対しても、たとえば「「内的」なダンス=「皮膚の境界線上」のアリア」と題された(モレキュラーシアターに関する)テクストの中で、 彼女(豊島和子)の「内的」な踊りが源流であった。 それは、内的と言ってもモダンダンスの心理的情緒でも、舞踏の内臓的なものでもなく、メソッドとしてのものでもなく、それこそ精神分析のキーワード「対象a」につながる、彼女自身が持つ、皮膚の境界線上にある「内面の写し絵的」踊りの手法であった。 […]

  2. キオスモ « molecularmaniacs Says:

    […] 吉増剛造はいまの福生市=神奈川県多摩郡福生村~東京府西多摩郡福生村にて育つことになるわけだが、この福生市も玉川上水と多摩川・田村分水という二本の川に挟まれた地であり、しかも福生(古くはふっちゃ)という呼称自体、アイヌ語で「沼のほとり」或いは「湧水」を意味する言葉が変じた可能性が指摘されているものだ。また、この地域の地名にはマオリ語の痕跡が残るという説もあり、それによればフッサ=フツ・タ=hutu-ta=魚を捕る網を仕掛ける(場所)/フ・ツタ=hu-tuta=(多摩川が)狭くなった場所の裏側の・湿地(または丘陵)の転訛らしい。 いずれにしても、またしても「二本の川の隙間」と「沼」である。 吉増剛造は「境界線というものをいつも意識させられていたし、常に、始まりの始まり、みたいなところを意識しつつ、隈どりや縁(ふち)を自覚していたんですね。ですから、境界線に文字を書こう、というのは割合過不足なく両側にまたがって出てきた。境界線をまたぐ瞬間というか、境界線にまたがれる瞬間というのを、自分の創造の一番のポイントにしていこうという気持ちがあるからでしょうね。」と語っている。勿論、この対談で吉増自ら触れるように「僕は基地の子ですから、フェンスや金網がいつも気になっている」ということも背景にあるとは思うが、妄想子には二本の川による「隈取」が浮かんでもくるのだ。 福生地名由来には上記のほか、やはりアイヌ語由来によるフッサ=hussa=「まじない、悪魔払い」という説もあるが、吉増剛造には冒頭の引用にもあるように『わが悪魔祓い』という詩集がある。その中からもう一節引用する。 少年時代、おれは濁流のなかで両眼をひらき、眼にびっしりとつまる泥土、砂利つぶをみた。仏教の卒塔婆、供物の野菜類も墓所から流れきたった。上流には死体も埋葬されていたのであろう。キャサリン台風であったろうか、アイオン台風であったか、台風後、洪水の、濁流のなかを泳ぎながら、そのとき溺れはじめるという感覚はすこしもなく、おれは死骸であり、洪水の刑に処せられた死刑囚であったとでもいおうか。明らかにそれは死への陶酔であったが、無意識のうちにおれはおれの運命をみていた。水を泳ぐという感覚、いや肉体を水につつまれるという快感がうまれたのはそのあとのことであって、おそらく自らの死体を感じてしまったのちにはじめて生じた快楽だったのであろう。 『地獄わたりはじめ』(1974/青土社「わが悪魔祓い」所収)より この「通常の意味では眼は機能しない」筈の状態化で「視る」という流れからして、やはり「見えない水」=「不可視の水」=ミズによって駆動され反復されるものを妄想してしまうのだが、いずれにしても、疎開先=和歌山の紀ノ川で機銃掃射を受け水面に水煙があがったのを「音として」聴いた吉増剛造、別の場所での機銃掃射のカタカタカタカタ・・という音が「木の階段をカタカタカタカタ下りてくる妖精のような音」に聴こえた吉増剛造、柴田南雄の「布瑠部由良由良」の上演において『地獄のスケッチブック』を朗読しつつ「ごおろごおろぼわっー」と聴こえた音に「不思議なねじとゆれ」を感じ「深い処から存在を揺りうごかされた」吉増剛造・・・が、解体において転移しつつ存在する黒田喜夫の「飢餓の思想」、そして母方の祖父が黒田喜夫と同郷である鵜飼哲の指摘による「飢餓の思想」と、どのように絡んでくるのか、今回のKwiGua展への興味は尽きない。 KwiGua展と言えば、その開催場所=八戸もまた、馬淵川と新井田川に挟まれ、八太郎沼・北沼に近接した地である。 反復される「二本の川」の挟撃と「沼」地。 八戸市美術館 少しばかり、妄想が長くなりすぎた。 然しながら、吉増剛造と「打ち震えていく時間」(思潮社)において対談している前述の柴田南雄の弟子であり、かつクセナキスの弟子である高橋悠治が、クセナキス批判を展開した『たたかう音楽』(「展望」1977.03)を読みながら、更に妄想は拡がる一方だ。恐るべし黒田喜夫。 よって、前回から続く「あんにや」→「穴」→「まいまいず井戸」→「尻労洞窟」→「アフンルパル」の妄想については、次回に廻すことにする。 果たしてKwiGua展に間に合うかどうか。 […]

  3. キオスモズ « molecularmaniacs Says:

    […] アフンルパルから、今度はキオスで書いた尻労洞窟或いは沖縄へと妄想が飛翔しようとするのを留め置いて、われわれはもうひとつの穴をここで想起しておかねばなるまい。それは「塞がれなかった黒田喜夫の背中の穴」である。 尻労洞窟=安部遺跡/Yum@横浜氏「ソラとキミとワ」より引用 […]

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