3B2

Blots: Leishmania tropica

Blots: Leishmania tropica

> 余白が明滅する <

Leishmania.spp

Blots: Leishmania.spp

盲点/盲面について、「演劇ここになき灰」で、

人間の視覚は盲点=BLOTSをもっていて、その盲点がなければ現実を明視できない。(というより単に明視を問えないと言うべきか。)写真の視覚もまた、画像の盲点を明滅=BLINKSさせている、としよう。BLOTSがBLINKSする写真平面を盲面=BLANKSとよぶことができるとすれば、可視性のシステム=制度に他ならぬ写真において、盲点に支えられてきた人間の思考の盲点=SCOTOMAが明らかになる。全盲の写真家バフチャルの写真を参照すべきだろうか。それともデリダやバタイユに促されて、盲者「を」描く位相と盲者「が」描く位相の絶えざる反照=SCOTOMATIZED MOMENTを、写真の盲面とみなすほうが早道だろうか。

と豊島が書いたことに、もう少し妄想を膨らましたい。

Blot of eclipse

Blot of eclipse

豊島は、妄想子への私信において、

鵜飼さん訳デリダ『盲者の記憶』から私が触発されたのは、なぜ18~19世紀の画家たちは好んで盲者を描いたのか。それは、盲者だからだというのが私の理解です。つまり盲者「を」描く位相は盲者「が」描く位相に伏在する「盲面」がもたらしたのではないか、という理解です。

と明確に語っている。

さらに豊島は、盲者について、PANTANALの翌2007年のテクスト「四角いベケット』に、次のように書いている(「口述/筆記のシアトリカリティ」)

仮に舞台上でディクテートする人を「読む人=R/語る人=LL」とすれば、そこにはディクテートさせる人=口述通りかどうか「聴く人=L」、即ち「再び聴く=rehear/再審問する」主体も臨席している。その二人と同一人物であるかどうかを問わず、実は舞台以前に「R」にディクテートした三人目「RR」がいるはずであり、彼こそ演劇が上演される場「再審問の法廷=rehearsal」をしつらえた張本人なのだ。冒頭の外貌=appearanceに埋め込まれた内耳=earの出頭=app-ear-ance。そう言ってよければ盲者、もしくは亡者である。

尺尺、いやRRが盲者なのだ。

八角が、モレキュラーシアターの「HO」シリーズに関して「耳なし芳一」を召喚したことが想起される。

だが、豊島テクストの上記引用部分「だけ」を読むと、「earの出頭」「盲者」「亡者」が併置される。「耳」を「亡者」にもぎ取られる(亡者側に耳が出頭)ことになった盲者=芳一、とも読める。

八角は、「モレキュラーシアター『HO-koriの培養・Ⅱ』のためのノート」で、

全身に纏ったはずの文字の衣に残された「空隙」。身体を包み込んだ般若心経という「法」の亀裂。それはあの映画をめぐる言葉の膜面に生じた裂け目とまったく同じものではなかったか。ただし、芳一を迎えに来た亡霊にとって、それはネガのように反転し、「空隙」だけが可視的なものとなる。

と書いている。モレキュラー/豊島の問題提起に呼応した数少ない重要な批評であると思う。しかし、モレキュラーが「近代」や「制度」における/対する「裂け目」をひとつの力点としてきたことからすると、妄想マニアとしては、ラフカディオ・ハーンの「耳無芳一」の成立した状況にも眼を向けないわけにはいかない。

耳無芳一は、そもそも天明二年(1782年)の『臥遊奇談』(一夕散人著)巻二に収められた「琵琶秘曲泣幽霊」という話のハーンによる脚色・英訳(1904年)だ。

臥遊奇談

臥遊奇談

だが、モレキュラーの本拠地である八戸に八戸藩が置かれた寛文三年(1663年)に刊行された『曽呂利物語』には耳無芳一に類似した話「耳切れうん市が事」が収録されており、舞台は信濃の善光寺内の「比丘尼寺」で、芳一に当るのは越後の座頭=盲人芸能者の「うん市」だ。これからすると『臥遊奇談』より遥か以前から、同様の物語が伝わっていたことが想像される。

曽呂利物語が収録されている

曽呂利物語が収録されている

実際に、兵藤裕己の『琵琶法師――〈異界〉を語る人びと』によれば、徳島県板野郡里裏の「耳なし団一」や、高知県高岡郡越知町の「横倉寺の耳なし地蔵」の由来として=琵琶法師「城了」の話が、耳無芳一に類似する話として紹介されているほか、晴眼者における視覚と聴覚の連動およびそれらによる声の分節化や意識主体としての「私」の輪郭を曖昧にしかねない不可視のざわめきなどについての指摘がある。

琵琶法師——〈異界〉を語る人びと

琵琶法師——〈異界〉を語る人びと

芳一もうん市も団一も城了も琵琶法師=視覚障害者であり、ハーンも隻眼であったことは言うまでもない。これらの昔話/伝説の多くが、諸国を巡った琵琶法師によって伝えられたことも、柳田などの指摘にある通りである。

ここで気になるのは、芳一がもし晴眼者だった場合でも、「全身に纏った文字の衣に残された空隙=耳=身体を包み込んだ法の亀裂」は成立するか、ということだ。

crevice

donuts4breakfast: letras

ハーンの耳無芳一の話にせよ類似の昔話/伝説にせよ、なぜ視覚障害者=晴眼者のそれとは異なる聴覚と触覚を備えた者が主人公で、かつ異界=外部に奪取される器官が耳であるのだろうか。

ハーンが活躍した明治=近代は、体制による様々な「制度化」と「統治」が押し進められた結果、これにそぐわない琵琶法師などの要素が急速に葬り去られ、彼ら自身もその能力を喪っていった時代である。「裂け目」でも触れた「神宮」設営の動きの20年後に、ハーンは来日する。

プロテスタントのアングロ・アイリッシュの父とギリシャ人の母から生まれ、大叔母によって厳格なカトリックの教育を受け、さまざまな辛苦の後に日本に辿り着き、主君が除封されて江戸に流れる(初代小泉弥右衛門)などやはり波瀾万丈の流れを辿った小泉家と姻戚になったハーン。彼が明治期の天皇制を「誤解」していたという研究もあり、ハーンの脱神話化に向けた指摘もあるのに対し、同じようにオリエンタリズム/ナショナリズムを指摘する肯定論者もいるなど、一筋縄では行かない様相を呈している。とすると、妻節子が「たまたま」話をしたから「琵琶秘曲泣幽霊」を脚色英訳しようとハーンが思ったと考えるのには無理があるかもしれない。上述の妄想マニアによる疑問とハーンおよびその活動した時代における制度の関係性について、専門家による研究があるのかどうか寡聞にして知らないが、ここに豊島―八角の話をさらに読み解く=妄想するひとつのヒントがあるような妄想的予感を感じないでもない。

琵琶が日本に伝来した流れも想起しておく必要がある。

中国から遣唐使によって直接都=京都に伝えられた(雅)楽琵琶に対して、九州北部に伝わり盲僧琵琶〜琵琶法師=芳一たちに至る流れとでは、楽器もその柱(じゅう=フレット)の数も音響構造(たとえばピッチ)も異なる。何より琵琶の特徴のひとつである「サワリ」(サワリ専用柱による)は後者にしかない。

前者が「制度」に招かれそれを現勢化していったのに対し、後者は逆だ。芳一に類する話は後者によって伝播せしめられたものである。この辺りから「裂け目」の時期までの流れを妄想すると、モダニティが必要とした音システムと歌=統治装置としての限定的西洋音楽教育などに想い到るが、ここでは参考書を提示するに留めることにする。

国家と音楽 —伊澤修二がめざした日本近代

国家と音楽 —伊澤修二がめざした日本近代

唱歌と国語 —明治近代化の装置

唱歌と国語 —明治近代化の装置

盲者「が」弾く位相は盲者「を」弾く位相に伏在する「盲面」がもたらしたのではないか。

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  1. シルシめくシルメキをシるために « molecularmaniacs Says:

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