裂け目

去る7月4日、モレキュラーシアターの豊島は、座・高円寺地下三階の尋問室めいた部屋にいた。部屋自体が尋問室めいているというより、エレベータを降りてから部屋までの導線とその質、および部屋の前にロビーのような空間が位置するという構造などが、古い記憶の襞をなぞってそう感じさせた。もちろんこの箱は豊島が選んだものではないが、一瞬、『イル/イル』などで触れられたラーゲリを連想した。

ラーゲリ

ラーゲリ

ここで豊島は、「モダニティの裂け目/モダニティという言説の裂け目」についてと前置きした上で、湿気/尻毛も凍りつくような話を展開し、場(の一部)を震撼せしめた。いずれ豊島自身による当該テクストを読める機会も来ると思うので、ここでは備忘録的メモと例によって妄想だけを記しておく。私にとっての妄想備忘録メモだから、必ずしも豊島の発言内容とその意図を汲取れていない可能性もある。

大逆事件

大逆事件

今回の豊島の報告(というべきか講演というべきか)は、「大逆と日本近代演劇の起源」(あるいは天皇制)というイベント全体に通底するテーマに関わるものだが、豊島は「裂け目」に接近するために、まず太政官と神祇官(=王と司祭)の話から始めた。

太政官、神祇官いずれも、古代日本における律令制(=まさに中央集権的統治制度)を導入する際に設けられた機関であり、かつ明治時代初期に突如「復興」された国家機関である(太政官:律令時代=だいじょうかん/明治時代=だじょうかん)

律令制は10世紀末までに死滅したというのが定説のようだが。しかし、何故か明治維新まで有効とされていた律令もあり、それが太政官制らしい。太政官は1868年(慶応4年/明治元年)に公布された政体書に基づいて設置され、1885年(明治18年)内閣制度発足と共に廃止された、国家権力全体を支配する機関だ。

かたや明治時代に復興した機関である神祇官は、祭祀、祝部(はふりべ)、神封(じんぷ)などに加えて、諸陵宣教が新たに職掌として加えられた。諸陵と宣教は古代官制では治部省が担当していたという。ここでは触れないが、神祇官の「神」は天津神である「天神」を、「祇」は国津神である「地祇」を指すという辺りも、よく考えてみる必要がある。歴史に関する記述を試みるといくら文章を連ねても切りがないので、これくらいで留める。

豊島は、「裂け目」として、

  • 太政官/神祇官制の復興
  • 神殿=神宮の登場

をあげた。
後者については、「神社 —> 神宮/大神宮(「裂け目」) —> 神社(復活) —> 公園(現在)」という流れを示した上で豊島は、なぜ「神宮」が建設されたのかという話を進めるにあたり、札幌神宮(今日の北海道神宮)と台湾神宮の写真を示した。

札幌神社

札幌神社

台湾神宮

台湾神宮

前者は、北海道大学北方資料室に残されているもので、後者は著作権が消滅しているものだ。いずれもWeb上で拡大画像を見ることができる。もちろん豊島は「写真」の問題も併せて触れたが、この妄想文では触れない。

また、同様の神社/神宮については、神奈川大学21世紀COEプログラムによる「海外神社(跡地)に関するデータベース」に詳しい。4日の講演では示されなかった朝鮮神宮や京城神社に関する写真も見ることができる。

海外神社(跡地)に関するデータベース@神奈川大学

海外神社(跡地)に関するデータベース@神奈川大学

南山神社

南山神社(同DBより)

提示された写真を含め、明治時代に造られた「神宮」について、その「内宮と外宮」といった「構造」と「立地」および「建築」が意味するものと、生者だけでなく死者も統治せねばならなかったその「使命」の解説がなされた。統治地域を拡大していく時期にあたり、北海道そして台湾、さらには京城といった「周辺」地域=複合コミュニティが形成される場所において、こうした「神宮」建設が行われたこと=〝伊勢〟が必要だったこととその意味について話が進んだ辺りで、それまで感じていた夏の湿気を意識することがなくなり、気がつくと尻毛が凍てついていたように記憶している。

豊島は、神宮の意味とその目的を、建築的な意味における「空間構成」とも併せて解読してみせたが、ここで提示された問題は演劇における空間構成といった小さな問題のみならず、アートにおける「裂け目」の問題とも連動しているように思う。神宮における空間構成の話を聞いた時に、何故かシュトックハウゼンの『シリウス』(1975-77)を連想した。

尋問室めいた部屋と冒頭に書いたが、こうした話、特にシステムとしての統治あるいは統治装置のシステムについての話を聴くには、如何にも相応しい場所であったのかも知れない。「モダニティの裂け目/モダニティという言説の裂け目」についての豊島の話は、現在の「アート」にも「裂け目」を打ち込むものだ。

豊島は、神宮/大神宮(神殿)が複合コミュニティが形成される時に造られたこととそのシステムおよびストラクチャを「モダニティの裂け目」(のひとつ)として呈示したが、もうひとつ現在も進行中の「公園化」の問題も取り上げた。復活した神社などの統治装置が「公園」としてリデザイン/リコンストラクトされ、均質化されていくという流れがあり、この公園化の動きが1910年大逆事件に繋がるとしている。この「公園」「公園化」についても(よく考えて見れば)慄然とするような指摘である。

個人的には、伏流水的な動きによってすべてが公園化/統治装置化/均質化されている状況にいまあると感じている。児童ポルノ規制の蓑を被った思想言論統制への歩みなどもそうだ。太政官制についても過去の話ではない。それは姿を変えて存在しているとも思われる。たとえば、2009年3月11日に衆議院法務委員会において、現在の死刑=絞首刑という執行方法は「太政官布告第六十五号(絞罪器械図式を含む)」が根拠法令と法務省が認めた、という下りをみても、統治システムを考えざるを得ない。

太政官布告における絞罪器械図式

太政官布告における絞罪器械図式

法務委員会第171回第2号

法務委員会第171回第2号

会場からは、帝国統治と劇場の関係といった話も出されたが、いずれにしても演劇に限らず、今日「アート」(←使いたくない言葉だが)を考える人間としては、如何にして批評性を確保するかという問題ひとつとってみても、いつもながら、非常に考えさせられる/考えていかなければならない豊島の問題提起だったと思っている。

まずは、今回例示された札幌神社/北海道神宮あたりから調べてみようと思う。
札幌神社〜北海道神宮の経緯については、西野神社社務日誌(ブログ)に非常に詳しい。

西野神社社務日誌

西野神社社務日誌

特に、北海道鎮座において、後に斬首される開拓使判官島義勇によって神祇官に提出された意見書には、鎮斎すべき御祭神として「大国魂神・大那牟遅神・少彦名神」ではなく「大名持神・少彦名神・阿倍比羅夫」とされていた、という下りも興味深い。外されたのは阿倍比羅夫である。阿部と聞いてピンと来ないひとはモレキュラーマニアの資格がないといっては言い過ぎだが、某演出家の・・・(自粛)

また、札幌神社が建築されたのは円山だが、台湾神宮も圓山だ。

アイヌ語地名で旅する北海道」(北道邦彦著・朝日選書)によると、藻岩山=モイワとはアイヌ語で「Mo(小さい)iwa(山)」のことであり、実はモイワとは円山のことだった、いまの藻岩山はインカルシぺ=「Inkarインカル(眺める)usウシ(いつもする)peペ(所)」だった、とある。別の資料によれば、アイヌ語のiwaは単なる山というより心霊の宿る山といった意味もあるようであり、「アイヌ語地名で旅する北海道」ほかでは倭人がモイワと円山を間違えたとされているが、実は札幌神社を建築するにあたって意図的にそうされたのではないか、帝国統治において「さまざまなこと」を「眺望」されては困るという側面もあったのではないか、と妄想することもできる。

藻岩山

藻岩山

円山

円山

台湾の圓山は、現在ではこうなっている。

圓山大飯店

圓山大飯店

北海道神宮は1974年11月10日、「アイヌモシリ」と名乗る犯人によって放火された。事件は迷宮入りした。

2 Responses to “裂け目”

  1. 3B2 « molecularmaniacs Says:

    […] 前者が「制度」に招かれそれを現勢化していったのに対し、後者は逆だ。芳一に類する話は後者によって伝播せしめられたものである。この辺りから「裂け目」の時期までの流れを妄想すると、モダニティが必要とした音システムと歌=統治装置としての限定的西洋音楽教育などに想い到るが、ここでは参考書を提示するに留めることにする。 国家と音楽 —伊澤修二がめざした日本近代 唱歌と国語 —明治近代化の装置 […]

  2. 死刑制度と豚饅頭 « scorpiomaniacs Says:

    […] 公園といった(本来)パブリックな空間が、公共機関=官が代理的に管理=官が私営化している状況となって民営化と混乱され、私的空間における身体の取り締まりが公=官の利益に反するかどうかという議論にすり替えられることは、枚挙の暇がないではないか(テント演劇に対する取り締まりを想起してもいいだろう)先頃、高円寺で行われたトークセッションで、モレキュラーシアターの豊島が「統治装置」としての神宮/公園化について改めて指摘したことも、記憶に新しい。 […]

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s


%d bloggers like this: